メールマガジン「大地と光」Visionary(2021年2月17日)

 コロナ災禍の混迷の中、1月9日、日本市民安全学会の令和3年新年賀詞交換会 in Zoom がおこなわれました。新春記念講演では、金城学院大学名誉教授の足立文彦氏から、近代日本の針路に大きな影響を与えた岩倉使節団について大変興味深いお話をお伺いすることができました。昨今、明治の経済界を牽引した渋沢栄一がNHKの大河ドラマや新紙幣で話題となっていますが、明治の新時代を創っていった先達の「目のつけどころ」を学びたいと思います。


岩倉使節団と日本の近代化
金城学院大学 名誉教授 足立文彦

 開発経済学とアジア経済が専門で、日本史の専門ではない私が、このような講義を準備するに至った 経緯は次の通りです。 私は ASEAN 諸国の次世代のリーダーを育成する IATSS Forum (本田宗一郎氏とマレーシアのマハ ティール首相のイニシアティブで始まった ASEAN のリーダー育成研修プログラム:主催(公財)国際交通 安全学会、鈴鹿市 ) に、1985 年の開設のころから、講師、プログラム委員、実行委員として参画して きました。近年は「日本の近代化とアジア」という講義を担当し、その中で、岩倉使節団が明治維新国家 の針路を決める上で重要な貢献をしたと考えるに至り、現代アジア諸国への含意を念頭に、使節団についてのミニ講義を準備した次第です。

1. 使節団についての主要な論点

(1) 維新政府のトップレベルの人材の半数が参加したこと。(残る半数は合意の上で内治に尽力) 視察先での意見交換によって、帰国後の新国家の方向について基本的な合意が形成されていった。

(2) 米国における条約改正交渉の試みや、英国における女王との接見の日程調整のため、予定を 大幅に上回る期間を近代欧米文明(議会、工場、教育施設、病院、兵学校など)の視察に従事できたこと。

(3) 米国西海岸から始まり、東海岸、さらに英国 ・ヨーロッパへと、産業革命の波及の流れを逆方向 にたどり、日本の産業化の遅れは大きくはなく、努力次第で欧米に追い付けるという自信を深めたこと。

(4) 受け入れ国は新興の独立国日本を、外交・貿易上の重要な相手とみなし、国・地方・企業・個人などがこぞって誠意を込めて視察団の関心に応えようとしたこと。

(5) ヨーロッパにおける万博ブームに殖産興業の重要性を学び、大陸横断鉄道、スエズ運河の利用 によって交通・輸送インフラの重要性を体感したこと。

(6) 王制、共和制、立憲君主制などを観察し、⾧短を比較検討しつつ、立憲君主政体を選んだこと。

(7) 鎖国時代のキリスト教禁止を反省し、条約改正には宗教的寛容が必要不可欠だと自覚したこと。

2. ASEAN 諸国の次世代のリーダーに対して、岩倉使節団のお話をする含意 岩倉使節団は、「現地での見聞をもとに議論し、学ぶことによって、自国の将来像を描くことができた」と考えられるところから、アジアの若手リーダーにも、欧米や日本の現地訪問を通じて「共に学び共に考えて欲しい」と考えており、今後、特に、次の諸点が重要であると思う。

(1) 石炭と蒸気機関に始まった産業革命は、石油と電力の重化学工業の時代を経て、情報通信 技術を中心とするものに急速にシフトしていることを自覚し、科学技術とそれを支える教育の重要性を理解する。

(2) 平和国家の建設には、軍事力のシビリアンコントロールが必要不可欠であることを、日本の歴史的失敗などから学ぶ。

(3) 国の安定には人種 ・宗教・文化の多様性を受け入れることが重要である。

(4) 一国が国際社会で名誉ある地位を占めるためには、開かれた自由で民主的な社会を築き、自国の資源的基礎や、歴史・文化・社会的個性を生かして国際社会に貢献することが求められることを自覚する。 なお、IATSS Forumでの交流を通じ、これまでにも研修生が、日本の治安のよさ、交通の秩序、公共の場の清潔さ、伝統的な技能や知識を大切にする姿勢、台風や地震・津波などの災害に対する復元力の強さなどに強い印象を受けていると感じています。

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