先の学会研修会でご講演いただいた、茂田忠良さまより講演録を頂戴しましたので、会員の皆様にお知らせします。なお、ご著書である、『シギント~最強のインテリジェンス』(ワニブックス、ISBN9784847074127)を2024年4月に上梓されています。併せてご紹介させていただきます。

「インテリジェンス」の世界観
茂田忠良インテリジェンス研究室 茂田忠良
Website: https://shigetatadayoshi.com/
我が国では近年「インテジェンス」の重要性が声高に語られるようになりましたが、現実には、我が国で「インテリジェンス」態勢を抜本的に強化する動きは見られません。それは何故でしょうか。
その根本原因は、我が国民が「インテリジェンス」が前提とする世界観を痛切に実感していないためではないでしょうか。
「インテリジェンス」が前提とする世界観とは、国際関係とは各国がそれぞれの国益を賭けて競い闘う場であるという現実主義的な世界観です。
我が国には、一方で日米安全保障条約による米国の軍事力に対する依存心、他方で「平和を愛する諸国民の公正と信義」を信頼する平和主義の精神が横溢しています。
しかし、米国では、国のシギント(信号諜報)機関NSAの開示資料において「国家には友人も敵も存在しない。在るのは国家利益だけであると言われる」とか、「今日の友人や同盟国も、いつまでも友人や同盟国である訳ではない」などと記述されています。国家は孤独です。自ら国益を守ることを前提としています。
ここで重要なのは、外交力、「インテリジェンス」力、軍事力です。国益の対立を平和的な交渉で解決する外交力、外交で解決できない場合の最後の手段としての戦争、それを遂行する軍事力、そして秘密情報の収集によって外交を支援し戦争遂行を支援し或いは外交以上戦争未満の特別工作を実行する「インテリジェンス」力が必要になります。
孫子の有名な一節に「彼を知り己を知れば百戦殆ふからず」という言葉がありますが、国際関係では、「彼を知る」ことが重要です。しかし、「彼」は秘密を知られないように隠します。即ち、国益が対立する国際政治において、「インテリジェンス」とは国益を守るための枢要かつ重要なツールであり、諜報機関は国として必要不可欠な機関なのです。
2013年に当時の米国オバマ大統領は、「諜報機関というものは全て、米国だけでなく、欧州諸国でもアジア諸国でも諜報機関が存在する限り、世界をもっと理解しよう、各国の首都で何が起きているかを理解しようとしている。それをしないようであれば、諜報機関としての価値はない」。また、2014年には「米国の歴史を通じて、『インテリジェンス』は米国と自由を守ることに貢献してきた。・・・我々の諜報機関を一方的に武装解除する訳にはいかない。」とも語っています。
各国が国益を賭けて闘っている国際関係を正視して、そのような世界で、嘗て福沢諭吉が「学問のすすめ」で説いたように、「一国の自由独立」、国益を国民自らが守るという自立の精神を持って、初めて「インテリジェンス」も強化されるのではないでしょうか。米国との「インテリジェンス」協力も、この基本が確立されて初めて有効なものになるでしょう。
なお、「インテリジェンス」というと、ヒューミント(人的諜報)を思い浮かべる人が多いと思いますが、その他にシギント(信号諜報)、イミント(画像諜報)、マシント(計測特徴諜報)などの各分野があり、むしろこうした各分野の諜報機関を強化する必要があることを付言いたします。