─ネット社会に消費者は

どう対処するか─

1.はじめに

この講演では、進展が著しいネット社会において消費者取引の被害態様が大きく変化している現状に対し、人や消費者の捉え方の変容を踏まえ、その被害への対処の課題についてお話しをします。

弁護士 齋藤雅弘
2.現代社会における人(消費者)の捉え方の変容と法的ルール

私たちが生活している社会(通常「市民社会」と呼ばれます)では、自由で平等な市民の自己決定を尊重することを基本原理として成り立っていますが、社会の構成員である人(市民)の捉え方は、物事を正しく認識・理解し、自己の利益を最大化するような合理的選択をする人を前提にして、そのような人どうしの関係を権利・義務の関係として捉えています。市民社会の基本となる法的ルールである「民法」もこのような人を前提にしています。

しかし、近時の行動心理学や行動経済学、脳神経科学等の研究成果の蓄積を踏まえて、私たち人間は限定的な合理性をもつ存在であるという新たな知見が広く承認されるようになっています。情報の質・量や交渉力の格差の根源には、人の限定合理性というものがあり、このような人の本質を法の形成や解釈に反映させる必要があることが主張され、これを踏まえて法的なルールの捉え直しも進んでいます。

3.ネット社会の進展とルール修正の必要性

他方、社会のデジタル化とICT(Information & Communication Technology)の急速な進展に伴い、特にネット取引の分野では、消費者の紛争や相談が増えています。

我が国の消費者法制では、対面による勧誘がその典型ですが、取引上の意思決定に直接影響を与える行為を「勧誘」と捉え、勧誘で不適正な働き掛けをさせないための行為規制として不実告知の禁止などの勧誘規制がなされるという建て付けになっています。

他方、ネット取引では、ツールとしてのWeb広告やメール、SNS等の広告や表示を見て取引に至ることが殆どで、これらを従前の法制度上「勧誘」と捉えるには限界があり、表示や広告を直接規制の対象とする景表法などの規制に服するものの、消費者との間の契約の効力に影響を及ぼすものとまでは捉えるには困難がありました。

しかしながら、ネット取引では、まず第1に宣伝・広告は単なる情報の提供ではなく、消費者の認識や判断への働きかけが広告の一つの機能として重視されてきており、「情報提供」と「勧誘」の区別がつきにくいグラデーションの世界になっています。第2に、ネット社会ではインタラクティブ(双方向)に情報のやり取りができ、事業者が消費者の情報を入手、分析、利活用を当然のように行える点もネット取引の特徴で、この性質が広告自体の特質性を大きく変化させています。この点はプラス面だけでなくマイナス面がもっと強調されるべきではないかと思っています。第3として、ユビキタス化(いつでもどこでも)が可能となり、消費者は常に広告に追いかけられている状況になっているともいえます。加えて、第4に、ネットの大衆化で、これまで必要だった巨大な投資と大規模な資本は不要となり、誰でも広告配信が可能となっています。

この4つがネット取引における広告の性質や意義や機能を大きく変質させていますが、このような変化に適合する新たなルールが必要です。

4.顧客誘引ツールのもつ問題性

ネット取引では取引の入口段階から、顧客誘引のために以上のような特質を持つ様々なツールが使われています。

ある程度ネット利用の知識や経験があれば、ネット取引における情報の真実性の裏付けや信頼性が乏しいことを認識していても、その意思決定に与える影響は非常に大きいのが現実です。情報の正確性が担保されていないことから、表示だけを信用すると違法な取引に引き込まれてしまう可能性がつきまとうことを考えておく必要があります。また、広告主体と媒体(関与者)の区別ができず、責任主体が明確ではないことも問題です。さらに、個人の情報、あるいは行動履歴、その他、さまざまな情報と組み合わされニーズにあった情報が提供される行動ターゲティング広告が日常的に行われていますし、広告とそれ以外の区別がつきにくい典型例の一つであるステルスマーケティング(いわゆる「ステマ」)もあります。

以上のようなネット社会の現実からみると、①顧客誘引のツールの機能が非常に高度化していること、②無料・少額がネット取引のデファクトスタンダードであるため取引に引き込まれやすく、契約締結の決定が安易に行われやすいこと、③取引の再現性に欠けるためトラブルが生じた場合の責任追及が非常に困難であること、④さらに人の心への介入が比較的容易であることから、占いサイト、出会い系サイトなどは心を操る典型的なツールやノウハウが使われていることが問題として指摘できます。さらに、⑤ネット取引では、決済が電子化されることで、高額な支払いに抵抗感が小さいことも考えるべき問題です。

5.新たな法的ルールの必要性

ネット取引では、このような様々な問題があるにもかかわらず、現行法の規制は広告や表示規制に止まっていることもあり、行政規制、民事効はかなり不十分なままです。本来、ネットの世界における取引でも、何か問題があって消費者の権利、利益を損なう結果を生じさせた場合には、きちんと責任を取ってもらえるような仕組みが必要です。例えば、ネット通販におけるクーリング・オフ権や取消権の導入など、ネット取引に対する特別の民事ルールの導入や整備が必要でしょうし、いわゆる「極悪層」には刑事責任を全うさせることが重要です。

消費者の側も、ネット取引の実態と問題点をきちんと受け止め、その上で自分自身の問題として取り組んでいく必要があります。

6.おわりに

最後にFacebookの元CEOが、Facebookは当初から積極的に消費者の脆弱性を利用していると明言しています(https://www.youtube.com/watch?v=XyMlE8r3Jek)。このとおりとすれば、ネットの社会やそこでの取引では、消費者は事業者から操縦されていることになります。このような環境や状況においては自由意志の形成がきちんとなされていると言えるでしょうか。

ネットの社会でも、私たちの自由と自己決定が保障されるような制度を考えていく必要があると思います。