メールマガジン「大地と光」Visionary(2021年1月1日)

 今回は、石附会長の新年の挨拶とあわせ、先に行われた東京工業大学の西田佳史氏による”スマートセーフコミュニティ”についてのご講演の内容についてお届けいたします。また、本学会のロゴマークの制定についてご紹介します。


新年のご挨拶 令和3年元旦
日本市民安全学会会長  石附 弘

あけましておめでとうございます。ご家族揃って、良いお正月をお迎えのことと思います。

 さて、日本市民安全学会は、16年前、市民による市民のための「市民安全学の構築」を目指して創設され、これまで各地の地方自治体との共催、あるいは、市民対象の研修会等の開催などを通じ、「市民生活の安全・安心の質の向上のための社会貢献活動」を行なってきました。これ一重に、会員の皆さまの深いご理解とご協力の賜物と感謝しております。

 しかしながら、新型コロナウイルスによる公衆衛生危機、人類の生存にかかる地球環境の変化、巨大自然災害、詐欺等知能犯罪の急増、少子超高齢社会に伴う地域コミュニティの変化、サイバー空間の脅威等が、市民生活の安全・安心を大きく脅かしています。

 私たちは、こうした市民生活をめぐる新たな環境変化を踏まえ、伝統的な「地域内安全観」に加え、「地球規模のグローカルな市民安全観」(市民安全:ネクストニューステージへの飛躍)を目指すこととしました(第18回大会)。

 具体的には、2つの生活空間(リアル+サイバー)における「市民主役の健康・安全・安心創造のあり方」について、関係機関・団体・実務者・研究者等の相互の連携・協力を図りつつ、新たな社会的価値を生み出して行きたいと思います。 皆様の今後ますますのご活躍とご多幸を祈念致しまして、新年のご挨拶といたします。


『20年後も安全な地域生活を可能にするスマートセーフコミュニティ』
東京工業大学教授 西田佳史氏

 近年、様々な消費者問題が顕在化する中で、20年後も持続し得る消費者支援体制を構築するには、今から準備を進めていく必要があります。少子高齢化が進み、単身世帯の割合が増えています。また、高齢者による消費者相談件数も増加しており、特に架空請求詐欺に関する相談が大きな問題になっています。さらに、製品事故によって高齢者の事故が増えており、例えば、脚立から落ちて怪我をしたり、石油ストーブに灯油ではなくガソリンを入れて事故に遭ったりすることも多発しています。昨年は、コロナ禍の影響で、消費者の孤立は一層深刻となりました。

 一方、支える側の行政のパワーも脆弱化しつつあり、内閣府で出された最新のレポート[1]では、2040年までに消費者行政の職員の減少が予想されています。

 このように、多様な問題を抱える消費者が孤立し、消費者行政が弱体化する中で、いかに有効な情報を作り出し、届けたい人(子育て世代や高齢者など)に届けていくかが大切となってきます。「スマートセーフコミュニティ」とでも呼べるアプローチが一つの有効な方向であると考えています。ハード中心のスマートシティが進展する一方で、ソフト中心のセーフコミュニティも一部ですが盛んに行われています。これらは、現状では、バラバラの活動となっていますが、本来、エビデンスに基づいた検証を行うという意味で、非常に相性がいいのではないかと考えています。

 消費者に情報を届けることの難しさの例として、折りたたみベビーカーの指はさみ事故における情報伝達チャネルの分析から、単に役所のホームページで情報を発信するだけでは不十分であることを指摘しました。情報発信の先進的な取り組み事例として、母子手帳の電子化などを行っている、会津若松市の“会津若松プラス[2]”を紹介しました。

 地域ごとに伝えるべき情報は異なっています。地域のデータを用いることで、その地域にあった情報を作ることができます。例えば、除雪機のデッドマンクラッチという部分を固定して、ずっと除雪状態にする危険な工夫が見られますが、これが死亡事故に繋がっていることが分かってきましたが[3]、これらは雪国で伝えるべき情報です。

 こうした地域にあった問題の抽出や全国に共通する問題の理解という観点では、人工知能を用いたデータ分析も利用可能になっています。その可能性の例として、消費生活センターのPIO-NETデータ(消費者相談センターなどにより収集された消費者苦情相談のデータベース)[4]を用いた消費者事故の分析なども紹介しました。

 スマートシティとセーフコミュニティの融合によって、事故や苦情のデータを人工知能などのICTも活用していち早く知識化し、その地域にあった伝達方法(人が対面式と情報端末を使った方式のハイブリッドな方法)で伝えていくことが可能となり、行政と消費者をつなぐ有効な手段となりえると考えられます。

 ノーベル平和賞を創設したヨハン・ガルトゥングによれば、病気の不在を健康だと考えずに、病気があることを前提に、病気を制御する能力を持つことが健康へのアプローチであるとしています。私達も、「安全=危険の不在」ではなく、危険をデータで把握し、様々な知恵で、制御する能力を持つことこそ、日本市民安全学会の方向性と言えるのではないでしょうか。

[1]内閣府,地方消費者行政専門調査会報告書, 2020
(https://www.cao.go.jp/consumer/iinkaikouhyou/2020/houkoku/202008_chihou.html)

[2] 会津若松プラス  (https://aizuwakamatsu.mylocal.jp/home)

[3] 消費者庁, 除雪機の使用時の事故に注意しましょう, 2019
(https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_safety/caution/caution_024/pdf/caution_024_191113_0001.pdf)

[4] 国民生活センター, PIO-NETの紹介 (http://www.kokusen.go.jp/pionet/)

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