メールマガジン「大地と光」風ニュース(2021年5月31日)

 5月15日、学会総会記念行事で行われた石附会⾧の基調報告「コロナ災禍切り抜き帳」および5月6日の「丸の内朝飯会でのオンライン例会」での氷室様ご講演資料を引用させていただき内容を要約いたしました。

コロナ災禍切り抜き帳 未知の大危機への対処
日本市民安全学会 会⾧ 石附弘

 「危機管理とは最悪を想定して準備し、小さくまとめる社会技術」と定義する石附さんが、日頃考えておられる目線からコロナ災禍現象を 6 項目、51 枚のスライドにまとめてお話しくださった。 以下抄録。

AI 時代の新予測
 過日、NHK では世界の研究者が発表した新型コロナ関連の全論文 25 万本以上を人工知能に読み込ませ、そこから洗い出した最新情報を基に、専門家と日本の今後の感染状況を予測。変異ウイルスの影響で、今秋第 5 波となる感染拡大が起こる可能性が見えてきた。知れば知るほど陰鬱に、などと感傷的になっていられないほど深刻。『ウイズ(共存)コロナ』ではなく、『生きるか死ぬかの、毎日がコロナとの戦争』である。命が大切。人類は、ウイルスの変化変質の速さに対抗できるのか?

1 歴史観察:コロナと大危機への対処

今は昔:泰平の眠りを覚ます上喜撰(蒸気船)
    たつた四杯で夜も寝られず
      泰平の眠りを覚ますコロナ船
   たった一杯で夜も寝られず (コロナ船がきっかけで『文明の利器』に気付く)

夜も寝られない理由(今は昔)

  1. 黒船(大国の植民地主義の脅威)― 軍艦・大砲
    産業革命で大量生産された工業品の輸出拡大の必要性インドを中心に東南アジアと中国大陸の清への市場拡大を急ぎ熾烈な植民地獲得競争の大波が来襲
  2. 西欧の文明の利器に圧倒(文明開化:日本の近代化促進)

夜も寝られない理由(今)

  1. コロナ船来港(新興感染症の未知の脅威)
    スペイン風邪 100 年ぶりの再来の恐怖
  2. 世界を2分(米中)するデジタル(文明の利器)大国の脅威
    日本もデジタルソリューション変革にやっと開眼
    「Digital Transformation=「DX」への立ち遅れ
    *世界はアフターデジタル化へ(日経 PB)

2020 年、 クルーズ船ダイアモンドプリンセス号 コロナウイルス日本初上陸、
極めて手強い敵。感染者712人、死者13人。

 突如重症化 感染しても無症状 敵と味方が混在
 ①疫学的データなし ②ワクチンなし ③治療薬なし
 人口1億2600万人の日本において、何もしなければその約20%、2520万人が感染し、感染者の約2%、50 万人が死亡するとの推計。厚労省のクラスター対策班は「対策ゼロなら40万人死亡」(2020.4.15)と。但しこれは医療崩壊を考慮していない数字。コロナの死者数だけを見てもダメ。関連死(変死、コロナ不安による自殺、 特に小中高生で前年の25%増。女性の自殺も増加)など全体の数で受け止める必要がある。
札幌医科大学医学部附属フロンティア医学研究所ゲノム医科学部門の研究が興味深い。人口100万人当たりの感染者数の推移だが、被害が多く出ている欧米は直角型、日本は低くかつなだらかで、当時は日本ミラクルといわれた。では、これからどうするか。カギはワクチン接種。世界各国のワクチン接種状況はイスラエルがダントツで進んでおり、日本は最下位。なぜか。 ワクチンが安全保障上の武器である ことをあまり認識していなかったからではないか。

危機管理とは何か

災禍は、天からも地からも、現実社会からもネット社会からも、降ってくる。

何時、何処で、何が起こるか人は知ることができない。

1. 人間の3つの安全能力限界への挑戦
 ①認知限界 ②予測限界 ③制御限界
2. 3重構造の安全維持機能

3 台湾の好事例

① 認知限界:限られた情報で最適行動迅速な機動的対策 情報センス・2019.12.31 中国武漢市衛生健康委員会の「原因不明の肺炎が 27 例、重症 7 例確認」の発表。 即、国民に最初の注意喚起を行い検疫強化や専門家チーム発足(日本:2020.1.6 最初の注意喚起)
:リスク情報に対する基本的考え方
:迅速なデマ情報対策(極めて重要)
危険性有り対応型:台湾、証拠無し非対応型:日本
● 感染者ゼロでも「非常対策本部」を設置
● 具体的な感染予防対策として、徹底的なマスク対策
実施。 国民健康保険の ID を使い、薬局でマスクの配給システムを立ち 上げ、全国の薬局 6500 カ所のマスクの在庫をオンラインで把握し、 過不足なく無料で配送する態勢を整備。など。

閑話休題 スペイン風邪と危機管理安全センス

① 認知限界:情報の壁への挑戦
現在する危険に対する正しい認知・判断能力参考: スペイン風邪の際の、感染者の生の言葉

  • 川端康成は、 スペイン風邪の感染が広がりつつある東京を避け、伊豆へ。大正7年秋、 19 歳の一高生川端は、スペイン風邪を警戒して伊豆・修善寺から湯ケ島を旅した。この旅で出会った旅芸人一座との思い出を描いたのが後の名作「伊豆の踊子」 。
  • 志賀直哉は、大正 8 年発表の短編「流行感冒」で、徹底したスペイン風邪対策をとった。「流行感冒」の主人公は、感冒を恐れ、医師が勧めるのに娘を運動会に行かせない、女中を街に出すときにも店での無駄話や芝居見物を禁じるなど「事実をありのままに」(あとがき)描いた(千葉県・我孫子在住)。 限られた情報で最適行動。
  • 与謝野晶子:「政府はなぜいち早くこの危険を防止するために、 大呉服店、学校、興行物、大工場、大展覧会等、多くの人間の密集する場所の一時的休業を命じなかったのでしょうか」 (大正7年、与謝野の10人の子の1人が小学校でスペイン風邪に感染したのをきっかけに、家族が次々と感染した(「感冒の床から」)。
  • 斎藤茂吉:大正6年末から⾧崎医学専門学校教授、県立⾧崎病院精神科部⾧として赴任。茂吉も感染(大正9年1月)、同僚の教授と 校⾧がスペイン風邪で落命。茂吉の詠んだ歌「はやりかぜ一年(ひととせ)おそれ過ぎ来しが吾は臥(こや)りて現(うつつ)ともなし」
  • 芥川龍之介: 大正 7年11月、友人への手紙「胸中の凩(こがらし)咳となりにけり」「見かへるや麓の村は菊日和」・・・辞世の句 死は免れたが、翌年2月、回復したはずの芥川が再び感染。

4 安全文化史からの考察

 約500年前、イタリアの思想家マキアヴェッリ 見解運と人間の自由意志50%論いかに思慮をめぐらせようとも宿命を変えることはできないし・・・ 対策など講じても所詮は無駄だと多くの人は思ってきた。・・・ 現代(16 世紀)では、この意見はより説得力をもつ(運命論)。しかし、われわれ「人間の自由意志の炎」 は、まったく消されてしまったというわけではない。残りの半ばの動向ならば、運命もそれを、人間にまかせているのではないかと思う。運命は、 力量によって防備されていないところでは、その強大な力を思う存分ふるう(安全力量(力学)論命名石附)塩野七生著『マキアヴェッリ語録』君主論「危険」なくしては人は成⾧しなくなる(コーカサスの諺)

5 危機の時こそ(政治)リーダーの真価

  • 大局観(時代情勢観) ・・・認知(広さ深さ)
  • 情報収集(リスク分析・判断)・・・予知予測
  • 専従の組織体制整備・・・対策方針決定
  • 根拠ある安全対策
  • 指揮統率力 総合力発揮 資源の確保と集中投入
  • 国民統合 説明責任(国民に寄り添う)
  • 政治責任
    政治家・科学者・行政官・国民判断決断力 データ分析力 執行能力 官民一体

コロナ脅威の見積もり

①世界経済フォーラム(ダボス会議) 2021.1.25
コロナ web シュワブ会⾧
● パンデミックは、失業、気候変動、貧困とのグローバル規模の努力を無に帰してしまった。「2021 年は信頼を再構築する重要な年」「3つのグレートリセット年」(地球温暖化、富の格差、民主主義の機能不全リセット)
● 即ち、資本主義の行き過ぎ、社会の分断、地球温暖化等あらゆる視点でみて、現行の社会システムが機能不全に陥りかけている。それをどうリセットすべきなのか議論し、リーダーは決断力のある包括的行動のため協力必要。

  • レジリエントな経済システムの設計
  • 責任ある産業革命と成⾧
  • 地球公共財のスチュワードシップ(法的拘束力に縛られない自主規制)強化
  • 第 4 次産業革命のテクノロジー活用
  • 地球・地域協力の進化

■メルケル首相のコロナ対策演説(動画) 2020/3/18

Kanzlerin hält TV-Ansprache zur Coronapandemie
https://www.youtube.com/watch?v=5-ubyQ3Tf80 (日本語訳付き)

【トップの政治哲学】
開かれた民主主義に必要なこと は、私たちが政治的決断を 透明にし、 説明すること、私たちの行動の根拠をできる限り示して、それを 伝達することで、 理解を得られるようにすることです。

【歴史認識】
事態は深刻です。あなたも真剣に考えてください。 東西ドイツ統一以来、いいえ、 第二次世界大戦以来、これほど市民による一致団結した行動が重要になるような課題がわが国に降りかかってきたことはありませんでした。

【民主的権利の制限】
旅行および移動の自由が苦労して勝ち取った権利であるという私のようなものにとっては、このような制限は絶対的に必要な場合のみ正当化されるものです。そうしたことは民主主義社会において決して軽々しく、一時的であっても決められるべきではありません。しかし、それは今、 命を救うために不可欠なのです。

【自分の課題として理解】
もし、市民の皆さんがこの課題を自分の課題として理解すれば、私たちはこれを乗り越えられると固く信じています。 (以下略)

■2020/12/12:メルケル首相の議会演説「魂の演説」は世界中に大きな感銘を!
【啓蒙と科学的根拠ある政策】
私は啓蒙の力を信じている。今日の欧州が、まさにここに、このようにあるのは、啓蒙と科学的知見への信仰のおかげ。

【国家のアイデンティティ:強い民主主義】
ドイツは、「強い経済」と「強い市民社会」をもった「民主主義」国家だ。そのような国家のアイデンティ ティの前提にあるのが啓蒙の精神、すなわち知を愛することだ。

【個人の責任と団結】
ドイツのような自由で開かれた国にとって、パンデミックに取り組むための最も重要な鍵は「禁止と統制」ではなく、「すべての個人が責任を持って行動し、解決策の一部となることをいとわないこと」

【説明責任】
「私権の制限を伴うロックダウンは、自由で民主的な体制と必ず衝突する。もしロックダウンを行うのであれば、いかにそれが公正に行われるかを、政府はオープンな議論のもとで市民に示す必要がある。いかにパンデミックのような緊急事態であろうと、政府がアカウンタビリティ(説明責任)を果たそうとせず、強権的な政治を行うのならば、それは独裁への道だ」と。

【祖父母との最後のクリスマス】
休暇が近づくことを考慮して、ドイツのすべての人に警戒するよう呼びかけた。「クリスマス前の今、もし接触を増やして、これが祖父母との最後のクリスマ スになるとしたら、私たちは間違ったことをしたことになるでしょう。」

【医療関係者への労い】
犠牲者に弔意を表し、患者を救うために毎日戦っている医師や看護師に感謝。

6 リーダーシップとリスクコミュニケーション

キーワード
トップの政治決断と自らの考えを国民に熱く伝える、根拠あるコロナ対策、政策の透明性、政治への信頼感、社会への思いやり、国民の目線に寄添い、民主的等英国の市場調査会社ユーガブ(YouGov2020.5) コロナ後、政治トップや国への支持率が上昇した国が多い。独、英、仏、オランダ、オーストリア、アイルランド、デンマーク、フィンランド、ポルトガル、ノルウェーでも類似の傾向。こうした国々の特徴は、移動などの権利の制限をともなうコロナへの対応について、 国民との意思疎通がなされ、政府は合理的な対応を目指して動いた点にある。

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