メールマガジン「大地と光」Visionary(2021年5月20日)

 2021年4月17日の研修会での小笠原和美氏によるご講演要旨をお届けします。小笠原先生は、北海道警察函館方面本部⾧をされていた頃から、性暴力の根絶にご尽力されてきました。今回のご講演では、先に出版された、性被害予防のための絵本についてもご紹介いただきました。


性暴力のない社会を目指して ~絵本からはじめる予防教育~
慶應義塾大学総合政策学部教授(警察庁⾧官官房付) 小笠原和美

<性暴力の実態>

多くの方が、「性暴力に遭うのは一部の特別な人で、自分の身近にはいない」と思われているかもしれません。しかし、内閣府の「男女間における暴力に関する調査(令和2年度調査)」によると、女性の 14 人に1人が「無理やりの性交等」の被害経験があると答えています。痴漢や盗撮など性暴力の全体像を考えると、この数字も氷山の一角に過ぎません。皆、嫌な記憶に蓋をして、口を閉ざしているだけなのです。

被害を訴えることのできない被害者、自分の行為を正当化し続ける加害者、加害の場面を見ても止めることができない傍観者。性暴力をなくすには、このような被害者、加害者、傍観者をつくらないための「予防教育」が重要です。

<子供の性被害>

2020年に認知された強制わいせつ事件のうち、被害者の 17%が 12 歳以下で、そのうちの 13%は男の子でした(警察庁)。つまり予防教育は、小学校に入る前の子供たちに性別を問わず行う必要があります。

子供の性被害には、「自分のされていることの意味が分からず、被害を被害として認識できない」、「身近な人が加害者であることが多く、事件が発覚しづらい」といった特徴があります。そのため、家族や親戚などからの犯行が⾧期間続いてしまうケースや、教え子へのわいせつ行為など、本来であれば子供をケアする立場の人からの性的な犯行も起きています。

<絵本を予防教育のツールに>

このような幼い子供に対する性暴力の実態も踏まえ、性被害を予防するための教育ツールとして、2021年2月、絵本「おしえて!くもくん~プライベートゾーンってなあに?~」を出版しました。

子供同士の悪ふざけ(ズボン下ろし)をきっかけに、身体のどこを守るべきか(水着を着ると隠れる部分)、そこを侵害されたときは「いや」と言っていい、大人に相談する、お友達が困っていたら助けてあげる、という性暴力対策に必要なプライベートゾーンの知識を、家庭や学校で幼い子供に読み聞かせをするだけで伝えられます。

これらの知識は、一生涯、自分や親しい人を守ることに役立ちます。年齢や性別を問わず、全ての人が正しい知識を自分のこととして身に付けることが、性暴力のない社会への第一歩となるのです。

<生命(いのち)の安全教育>

この絵本は親子での読み聞かせを想定していますが、性虐待などの実態も踏まえると、小学校が最後の砦となります。

2020年6月に政府から出された「性犯罪・性暴力対策の強化の方針」により、子供たちが性暴力の加害者、被害者、傍観者にならないよう、全国の学校で「生命(いのち)の安全教育」を推進することになりました。我が国で初めて、身体をどうやって守るかを学校で教える方針が打ち出されたのです。

しかし、課題は山積みです。先生たちはこれまでそのような授業をしたことはありませんし、文科省からはどの科目時間を使うかも明示されていません。これから各地で模索が始まると思いますが、少しでもお手伝いができたらと思います。

<すぐに使えるダウンロードパッケージ>

文部科学省の指導案によると、体のどこが大切かということを幼児期から小学校高学年まで繰り返し伝えることになっています。

絵本の内容はこの指導案に沿った内容となっており、学校関係者がすぐに指導に使えるよう、オリジナルの指導案付きの活用の手引き、パワーポイント版絵本、保護者へのお手紙、A3 サイズのポスターなどをダウンロードできる特典をつけています。

また、被害を打ち明ける子供が出てくる可能性もありますので、その対応についても活用の手引きに盛り込みました。

ポスターを掲示して学校全体でプライベートゾーンに対する意識を高めることで、子供同士はもちろん、教師による児童へのわいせつ行為の抑止につながることも期待できます。

<見て見ぬふりをしない大人に>

最近、同意のない性的な接触やハラスメントが目の前で起きた時に、見て見ぬふりをしない”Active Bystander”という概念が注目されています。性暴力を、加害者・被害者だけの問題として他人事にするのではなく、社会の安全を一人ひとりが自分事としてとらえ、行動しようという非常に重要な考え方です。

この絵本も、保育園で卒園記念のプレゼントとしたり、子供と接する活動をする NPO 法人が職員への教育に活用しようと考えたりするなど、様々な動きが出てきています。

このように、日本中の全ての子供たちに性暴力から身を守る知識と勇気を与える活動の輪が広がり、この絵本が、「性暴力のない安心して過ごせる未来」への架け橋となることを願っています。

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