メールマガジン「大地と光」Visionary(2021年6月30日)

 6月19日の研修会では、渡辺良久先生から、緊急報告「新型コロナ・感染症新時代を乗り切るための知恵」と題して、オリンピックを控え話題となっている変異株についてのご説明や公衆衛生学の基本的な考え方についての大変重要なご講演をいただきましたので、会員の皆様にご紹介いたします。


新型コロナ・感染症新時代を乗り切るための知恵
東海大学医学部基盤診療学系衛生学・公衆衛生学 客員准教授 渡辺良久
主要な変異株のS蛋白遺伝子変異と特徴

最初に、話題のコロナの変異株の話です。

一般的には英国型、インド型などと言っていますが、正しい名前は、表の左上欄の「PANGO系統」のとおり、英国型は「B.1.1.7」などとつけられています。なお、WHOは、今後は国の名前を呼ばないで、アルファ、ベータなどとつけようと言っていますが、多分すぐ増えすぎて収拾がつかなくなるでしょう。

N501Y、E484Kって何?

次に、「N501Y」とか「E484K」とかは何を意味しているのでしょうか?
新型コロナウイルスの遺伝子蛋白の501番目は通常N(アスパラギン酸)ですが、変異してY(チロシン)に置き換わったのがN501Y、同様に484番目は通常E(グルタミン酸)ですが、これがK(リジン)に置き換わったのが、E484Kです。

Sタンパク部位におけるアミノ酸変異

実際にはこんな変異があちこちで起こっており、例えばイギリス型ではごらんのように変異点がたくさんあります。同様に南アフリカ型ではイギリス型と同じ変異もありますが、違う変異もあります。ブラジル型では、もっと違う箇所がたくさん変異しています。

新規変異株の発見

これは、新規変異株が発見された時のチャートの例です。
既に知られていたイギリス型と、南アフリカ型と比較すると、一番下のものは同じ点もありますが、違う箇所の変異がたくさんあります。これにより、ブラジル型が発見され、他のものと違う株であることがはっきりしました。

主要な変異株のS蛋白遺伝子変異と特徴

先程のスライドに戻りますが、例えばD614Gの変異はこの表のすべてにあります。N501Yは英国型、南アフリカ型、ブラジル型、フィリピン型にあります。一時期東京型の特徴として言われたE484Kは、南アフリカ型、ブラジル型、フィリピン型にもあります。これらの変異の一つ一つが感染性とか重症度とかを決めるわけではなく、その組み合わせ全体でより凶悪だったりします。英国型、南アフリカ型は従来型に比べ1.5倍感染力が高く、重症化しやすいといわれていますが、インド型はさらに1.5倍強いと言われています。

新型コロナウイルスの変異系統図

これは、日本で見つかった新型コロナウイルスの変異株の種類です。2019年12月から2021年4月までで約4,100の変異が見つかっており、そのうちの2,344を示しています。実は変異株というのはものすごい数があり、各々特徴が異なるため、「○○型」はこうだということがなかなか言えないというのが実情です。

PCR検査にこだわる必要はない

 このスライドは、感度の高いPCR検査と、感度の低い抗体検査を比較したものです。PCR検査は、感度が高いので、抗体検査の1日前に発見できます。ところが、PCR検査は報告までに1、2日かかるので、結局抗体検査と同じではないかということです。抗体検査だとその場でわかるので、安いし、便利ということです。

 PCR検査は感度が高いため、感染性を有する期間が過ぎた後もなかなかPCR陰性になりません。一方、抗体検査だと感染性のある期間しか検出されません。また、PCR検査では退院が遅くなるので、無駄に病床が占有されています。

行動変容

 尾身先生が東京オリンピックについて提言されましたが、昔の公衆衛生学と今の公衆衛生学の違いについて説明します。
 現在の公衆衛生学は、「行動変容」が主体です。不健康な生活習慣を介入により健康な生活習慣に変えようというものです。一方、伝統的な公衆衛生は環境改善です。公衆衛生の祖のナイチンゲールが病棟により死亡率が異なることから、衛生的な環境が大事と考えるものです。

 無論、環境改善は重要ですが、ウイルスの変化により、適切な環境は次々と変わるため、時間と費用が大幅にかかります。行動変容プログラムは、例えば行政が「こうしてください」と言っても、実践する側の受け入れやすさで変わってきます。行政側でも人員や予算などの制約で適切に提供できない可能性もあります。現在のワクチン接種では、まさしくこの混乱が起こっています。

実行可能性と受け入れやすさ
自己決定の動機づけ

一方で、動機づけの問題もあります。
 コロナに注意を払わない若者というのは、この「無動機づけ」の状態です。介入というのは「他者決定外発的動機づけ」といいます。会社で在宅勤務を決めたので、“通勤するな”というようなものです。

 次のレベルが「自己決定外発的動機づけ」です。周りの様子をみながらやるというもので、家でおとなしくしていますが、周りの人が出かけているのを見ると、自分もおとなしくしていられなくなります。この段階を過ぎると「内発的動機づけ」になります。家で仕事する方が捗るとか、もう新しい生活に慣れたという状態です。

対象の特性の違いと手法

世の中にはいろいろな人がいます。例えば

・K Knowledge:コロナのことについてよく知らない人には、啓発する必要があります。
・P Practice:消毒の仕方とかやり方が分からない人には指導が必要です。
・A Attitude:やる気がない人です。これが問題なのです。

 禁煙を例にとると、喫煙者でタバコの害を知らないKnowledgeの人はいないので、啓発は効果がありません。何回禁煙しても失敗するという人はPracticeの人なので、成功する禁煙法の指導が必要です。現在、圧倒的に多いのは禁煙するつもりのないAttitudeの人です。誰が何と言おうとやめないので、脅しは効果がありません。このような人に効くのはインセンティブと言われています。あの手この手で得になる方法を吹き込むことです。

 ちなみに、健康意識調査は英語でこの頭文字を取り、KAP Surveyと呼びます。どんな人がどれくらいいるかを調べ、対象者ごとに方策を変える必要があります。現在コロナワクチン接種では、Pの人が殺到していますが今後、頭打ちになります。次にKの人への丁寧な情報提供、Aの人への大胆な方策が必要になると思います。

最後に、

 これからもコロナを取り巻く環境がどんどん変わります。既にインド株は空気感染っぽい感染機序が指摘されており、マスクやパーティションなどの効果がない可能性もあります。変化する情報に敏感になり、正しく対処していきましょう。

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